この記事は2023年9月30日に池袋のyurucafeにて開催したライブ「タマダのネタ帳」で発表した「三つのByggna‘n」のトークを再構成したものです。
少し突っ込んだ内容、とりとめのない話の展開などそのまま書き起こしても分かりづらいため、できる限り圧縮、整理、まとめをしました。
ライブでは《Byggna‘n》の話以外にもウップランドのスペルマンや楽譜についての話などしましたが、それらについては内容を整理し後日改めてお伝えできればと考えています。
はじめに
《Byggna‘n(Byggnanと表記することもあり)》といえばByss-Calle(1783-1847)の作ったポルスカの中でもとくに有名な曲の一つですが、二つのバージョンがあることが知られています。
一つはAugust Bohlinの演奏によるもの。
もう一つはPer Johan Bodinによるもの。
それぞれFolkiwikiというスウェーデンの音楽を集めたサイトに楽譜が載っており、また前者はVäsenをはじめ様々な人の、後者はJosefina Paulsonのレパートリーとして録音があります。
二つのバリエーションを紹介しつつも今日のタイトルを「3つの」Byggna‘nとしたのは、《Byggna’n》と呼べるByss-Calleの音楽を紹介しようというのが狙いです。
今日はそれぞれの演奏を紹介するところまでが主な目的です。
音楽的には《Byggna’n》のヴァリエーションと言えるのになぜそのようになっていないのか、といった点については、現在調査中です。今後進展があった際に改めてお伝えできれば。
出典
3つ目の《Byggna’n》は「160 Svenska Danspolskor」という楽譜集に掲載されていました。
作者はAnders Gustaf Rosenberg(1809-1884)。
ウップランド、エステルヨートランド、ダーラナ、セーデルマンランド、イェムトランドのポルスカを集めたものです。
ウップランドのポルスカではMats Wesslén(1812-1878)から受け取った楽譜も載せています。
Rosenbergと彼の楽譜
Anders Gustaf Rosenbergはセーデルマンランドの教会音楽家、作曲家、フォーク音楽の蒐集家です。
「160 Svenska Danspolskor」、そしてRosenbergのフォーク音楽の蒐集家という仕事に対しては、「彼は音楽に変更を加えた」等の評価がされている紹介文もあるなどオリジナル(と見做されるもの)に対する信ぴょう性に疑念を持たれていることは事実としてあります。
事実「160 Svenska Danspolskor」はピアノ用の楽譜として出版されており、ニッケルハルパなどの曲をピアノ用に伴奏がつけた時点で「手を加えられた」ものです。
彼がフォーク音楽ではなく芸術音楽寄りの音楽家だということも改変の理由の一つと考えられています。
疑う
Rosenbergの仕事に対しては上記の評価でほぼ固まっていますが、メロディそのものに目を向けた場合はどうでしょうか。
「160 Svenska Danspolskor」に書かれたByggna’nを紐解くと、本当に彼が残した楽譜は手を加えられたものなのか、信ぴょう性が低いものなのかという疑問がわきました。
また、どの程度の改変になるのかという興味も湧きます。
ましてやどれがオリジナルに近くてどれが手を加えたものであるか、などの判断はどのようにするのでしょうか。
今回紹介する3つの《Byggna’n》はいずれも楽譜として出版されていますが、いずれも初版発行時点でByss-Calleは亡くなっています。
その中でRosenbergだけがByss-Calleと同じ時代に生きていました。
彼はByss-Calleの音楽を直接聞いた可能性があります。
他の楽譜に掲載されているPer Johan Bodin(1855-1926)やAugust Bohlin(1877-1949)はまずもってByss-Calleの音楽を生で聞いたことはないです。
もしかしたらRosenbergの楽譜はByss-Calleの演奏に手を加えておらず、他の(こんにちよく弾かれている)バージョンが手を加えられたものかもしれない、といった妄想までできてしまうのです。
楽譜の紹介
今回紹介する3つの《Byggna’n》はいずれも楽譜が残されています。
前述の「160 Svenska Danspolskor」のほか「Upländisk Folkmusik」「57 Låtar efter Byss-Kalle」です。
スウェーデンのフォーク音楽を集めた楽譜としては「Svenska Låtar」が最も有名ですが、「57 Låtar efter Byss-Kalle」の《Byggna’n》は「Svenska Låtar」を出典としているため今日の発表では「57 Låtar efter Byss-Kalle」を用いることにしました。
それぞれ誰の演奏を書き起こしたかについては、
- 「160 Svenska Danspolskor」→不明
- 「Upländisk Folkmusik」→Per Johan Bodin
- 「57 Låtar efter Byss-Kalle」→August Bohlin
楽譜集の出版年は古い順に「160 Svenska Danspolskor(1879年)」「Upländisk Folkmusik(1929年)」「57 Låtar efter Byss-Kalle(1960年)」。
知名度は逆に「57 Låtar efter Byss-Kalle」「Upländisk Folkmusik」「160 Svenska Danspolskor」。
これら三つの出版は約80年の開きがあります。
演奏の採譜年代を考慮しても、「57 Låtar efter Byss-Kalle」「Svenska Låtar」の出版が1934年ですので、Rosenbergの採譜した《Byggna’n》とBohlinの演奏とでは少なくとも50年以上の開きがあります。
譜面を弾き比べてみる
「160 Svenska Danspolskor(1879年)」
「Upländisk Folkmusik(1929年)」
「57 Låtar efter Byss-Kalle(1960年)」
弾き比べた主な感想
- Rosenberg版とBodin版とは曲の構成や各パート、フレーズなど似通った部分が多い。
- Bohlin版は「綺麗に整いすぎ」の印象を持つ
- どのバージョンも「《Byggna’n》っぽい」何かを感じる
- バリエーションがあるという前知識があればなおさら同じ曲として認識しうる
- Rosenbergはどこに手を加えたのか
- BodinやBohlinは手を加えていないのか
最後に
最近の「タマダのネタ帳」はByss-Calleの全曲を紹介するというテーマでシリーズ化しつつあります。
その中で同じ曲の採譜年代による比較というサブテーマが出てきたので今回のネタとしました。
他の曲、例えば《Storsvarten》も複数の楽譜があったり、「57 Låtar efter Byss-Kalle」に載っていない楽曲があるなど、Byss-Calleを軸にすると多くのものが見えてきます。
Byss-Calle絡みで今後調べていきたいこと、知りたいことは山ほどあります。
例えばこんな感じです。
- オルガニストの社会的役割
- ワロン人の歴史と移動
- ウップランド、ヘルシングランド、イェストリックランド、セーデルマンランド、ダーラナのニッケルハルパの歴史と音楽の交流史
- Anders Gustaf Rosenbergの仕事と評価
- Johan Örnmarkについて
最後に宣伝です。
「タマダのネタ帳」は毎月最終土曜日に開催しています。
毎回テーマを設定し、トークと演奏でご紹介する、プチ・レクチャー・コンサートです。
ややマニアックな側面もありますが、初めてスウェーデンの音楽に触れる方にも楽しんでいただけるようにしています。
お時間ある方は是非。