「ポルスカと楽譜」私論

音楽

はじめに

スウェーデンの伝統音楽/民族音楽(以下「スウェーデンの音楽」と記述します)を日本で学ぶ際、必ずと言って良いほど湧き上がるテーマに「楽譜は必要か、不要か」というものがあります。

スウェーデンの音楽と楽譜との関係には良い点もあれば好ましくない点もあり、それぞれを知っているかどうかで楽譜に対するスタンスが変わります。

ここではスウェーデンの音楽から「ポルスカ」をテーマに

  1. 楽譜は二種類あるという話について
  2. ポルスカの特徴について
  3. ポルスカを楽譜で記すことについて

の三つに対するタマダの2023年2月現在の考えをまとめます。

楽譜は二種類ある

ジャンル問わず音楽をやっている人なら必ず目にするもの、それは「楽譜」。
楽器屋さんに行けば沢山の楽譜が売られています。
クラシック音楽やポピュラー音楽など多くの場面で使われるのは「五線譜」です。
一般的に「楽譜」=「五線譜」という捉えられ方が多いので、この後は「五線譜」と「楽譜」とを同じ意味で使います。

身近なところになかば空気のように存在している楽譜ですが、その性格によって二種類に分けられるということはそれほど知られていません。

二種類の楽譜を専門的な用語で「規範的楽譜」と「記述的楽譜」といいます。

それぞれ一言で説明すると、規範的楽譜は「こうやって弾いてね」と指示する楽譜、記述的楽譜は「こう聞こえたよ」と書き起こした楽譜です。

規範的楽譜

乱暴に言えば、クラシック音楽の楽譜はほぼ全てが規範的楽譜です。

例えばベートーヴェンのピアノ曲の楽譜は「ベートーヴェンがこう弾いてたよ」って誰かが聞き取った楽譜でなく、ベートーヴェン自身が「この曲はこのテンポで、こうやって弾いてね」って書いたものですよね。

規範的楽譜の良いところは、聞いたことのない曲でも楽譜通りに弾けば(それなり)に楽曲として成立するところといえます。

記述的楽譜

一方、記述的楽譜とはどういうところで使われるのでしょうか。

ざっくり説明すると「楽譜を使わない音楽を楽譜を読める人に伝える」場面で使われます。

例えばギターキッズならお馴染みのバンドスコアは殆どが記述的楽譜です。

ほぼ全てのバンドマンは楽譜で作曲しません。

スタジオでジャムセッションしてそのまま形になって録音して曲作りをするバンドもあります。

そうやって出来上がった曲を、音を聞き取れる人が譜面に起こしてバンドスコアが完成します。

また、一部を除いたスウェーデンの音楽*1のように楽譜を使わず直接弾き伝える文化がある音楽も楽譜を使いません。

口頭伝承、なんて表現することもあります。

楽譜は便利

記述的楽譜も規範的楽譜同様、聞いたことのない曲でも楽譜通りに弾けばそれなりに楽曲として成立するものです。とても便利ですね。

楽譜には二種類あるよ、それぞれこんなものだよ、ということをお伝えして次に進みます。

ポルスカの特徴について

スウェーデンの音楽を大まかに分ける

一言で「スウェーデンの音楽」としても、たくさんの種類があります。
二拍子系、三拍子系、4拍子系。
それぞれでさらに細かく別れていきます。

タマダがこの私論でお伝えしたいのは、スウェーデンの音楽でも特に「ポルスカ」と呼ばれるものです。
他のスウェーデンの音楽についてはまた機会があればお伝えしたいと思います。
ご了承ください。

ざっくりポルスカ

さて、ポルスカ。
ポルスカはスウェーデンのみならず、北欧諸国で広く演奏されています。
国によって「ポルス(Pols)」や「ポルスク(Polsk)」なんて呼ばれたりもします。
ポルスカは三拍子のダンス曲です。
三拍子のダンス曲、というとワルツやマズルカ、ファンダンゴなんかが思いつく人もいると思います。
他のダンス曲との比較、となるとこれまた大きなテーマになりますので今日は割愛して、
ポルスカの三拍子は「一拍目と三拍目にアクセントがくる」という特徴があることをお伝えします。

ポルスカを大まかに分ける

ポルスカは、リズムから三つに分類されます。

  • 十六分音符のポルスカ
  • 三連符のポルスカ
  • 八分音符のポルスカ

それぞれ簡単に特徴をまとめます。

十六分音符のポルスカ

一拍を十六分音符で分割するポルスカです。
日本のニッケルハルパ弾き界隈ではおなじみの《Slängpolska efter Byss-Calle》とか、《Ekrunda Polska》とかがこれに当たります。
「タータタ タータタ ターター」という音の並びが多いです。

十六分音符のポルスカのダンスの例は以下の通りです。

  • Slängpolska
  • Polska från Bingsj(Bingsjöpolska)
  • Gammalkilspolska
  • Polska från Åmot

三連符のポルスカ

一拍を三連符で分割するポルスカです。
アイリッシュ音楽をされてる方は、スリップ・ジグ(Slip Jig)をイメージされるとわかりやすいと思います。
「タッタ タタタ タッタ」「タッタ タッタ タッタ」という音の並びが多いです。
三連符のポルスカのダンスの例は以下の通りです。

  • Gammalpolska från Föllinge
  • Gammalvänster från Oviken
  • Polska från Hede
  • Polska från Orust

八分音符のポルスカ

一拍を八分音符で分割するポルスカです。
「ター ター タタ」「ター タタ ター」という音の並びが多いです。
八分音符のポルスカは主に「ダーラナ地方(Dalarna)」で伝承されていますが、「ウップランド地方(Uppland)」など他の地方でも見られます。
八分音符のポルスカのダンスの例は以下の通りです。

  • Polska från Boda
  • Polska från Orsa
  • Polska från Rättvik
  • Bondpolska från Viksta

ポルスカのハマりどころ

一口に「ポルスカ」と言っても大きく三つに分かれるということをお伝えしました。
その中でも「八分音符のポルスカ」はとても面白く、奥深い音楽です。

その理由は二つあります。

一つ目は「音が揺れる」
先ほど書いた「ター ター タタ」の八分音符が続く箇所ですが、実際はシャッフルとも言えそうな、付点に近いリズムとなります。
「ター ター タッタ」とも「ター ター タッッタ」とも捉えられそうですが、微妙に違う。
不思議な揺れをします。

二つ目は「拍が均等ではない」。

一拍目が短い、二拍目が長い、三拍目が長い、三拍目が短いなど様々です。

これらの特徴は地方や地域に根ざしています。
日本語の方言や訛りをイメージすると分かりやすいかもしれません。
書き言葉は一緒でも声に出して読んだ時に微妙な違いがありますよね。
八分音符のポルスカの拍にはこのような違い、訛りがあります。

余談ですがタマダはここにどハマりしました。
カルチャーショックというか人生観が変わったというか、いや、そこまでオーバーな表現ではないかもしれませんが「うへぇ!!」となったのです。
スウェーデン音楽を知る前の音楽でも「ノリ」や「グルーヴ」という言葉によるリズムの揺れは経験していました。
ただ、ここまでエキセントリックな拍の伸び縮みに興奮したのは確かです。

そこで湧き上がる疑問。

「音の揺れや拍の伸び縮みをどう表現するか」。

これがポルスカを楽譜に起こす際の課題となり、タマダがこの記事で伝えたいことです。

規範的楽譜と記述的楽譜、ポルスカにはどちらが良いのか。

まずは結論。

タマダは規範的楽譜を使います。
実際にスウェーデンの楽譜も(特に楽譜集など出版されているものは)規範的に書かれているものが多いというのが大きな理由です。
八分音符のポルスカは音や拍が伸び縮みするのになぜ規範的楽譜で書けるのか。
この点について簡単にまとめていきます。

楽譜の前提

楽譜や楽譜で書かれた音楽について無意識的に共通認識として刷り込まれていること。
それは「同じ音符で書かれた音、拍はそれぞれ均等である」ということです。
三拍子なら三拍子、四拍子なら四拍子、それぞれの拍は同じ長さで数えてますよね。
三連符なら一つの拍の中を三つが均等な長さになるように割りますよね。
シャッフル(二拍三連)のリズムで三連符をシンコペーション(裏拍進行)みたいに弾いて注意されたことってないですか?
これら全てにおいて、楽譜は「同じ音符で書かれた音や拍は均等なものである」という前提*2の上に成り立っています。

前提が崩れる

ところが、先にも触れたように八分音符のポルスカは音や拍が均等でない。
これまでの前提が崩れてしまいます。
均等でない音や拍をどう書き表すか。
これが八分音符のポルスカを譜面に起こす際のアプローチ、スタンスの違いとなります。

  1. 均等を前提にその枠組みの中で近似値をとる。
  2. 均等でないことを理解している前提で一般的な楽譜の書き方に準ずる。

前者は記述的楽譜のアプローチ、後者は規範的楽譜のアプローチとなります。
先に述べたタマダの結論は後者であり、「背景を理解して規範的に書く」というスタンスを取ります。
「背景を理解する」と言っても専門的に勉強しないと身につかないような難解なものではありません。
例えば「Bondpolska från Viksta のリズムって二拍目が長いよね」とか、「Polska från Rättvik を弾く時は三拍目を長めに取るよね」とかこの程度のニュアンスです。

新しい前提、背景を知ることで幅が広がる

これまで「同じ音符や拍で書かれたものは均等である」という前提のもとにいたけれど、
新たに「同じ音符や拍で書かれても均等でないものもある」ということを知る。
ネガティブな言い方をあえてするならば「楽譜は万能ではない」となるでしょうか。
この記事で初めて知ったのであれば、これからはポルスカや楽譜に対する見方が増えますね。
「この地方のポルスカはどんな癖があるんだろう」と今耳にしている曲だけでなく、その地方全体に興味を持ちながら聞いたり弾いたりすることができます。

最後に

この記事ではポルスカと楽譜について書きました。
専門的な言葉を使ってますので少しわかりにくい箇所もあると思います。
こんな難しく考えなくてもいいかもしれません。
スウェーデンの音楽、ポルスカの魅力や楽しさを少しでも共有できたのであればそれが何よりです。
最後までお付き合いくださりありがとうございます。

注釈

*1スモーランド(Småland)の音楽は楽譜での伝承が頻繁に行われています。

*2シャッフルのリズムは楽譜の最初に付点リズムとなる注意書きをつけて、楽譜全体を等しい音符で書き表すことが一般的です。

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