北欧音楽という呼び方
「北欧雑貨」「北欧インテリア」「北欧デザイン」——。私たちの暮らしの中には、さまざまな「北欧」のイメージが溢れています。
音楽も例外ではなく、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの音楽は「北欧音楽」という言葉で紹介されることが一般的ではないでしょうか。
この呼び方自体は悪いことではなく、むしろ、多くの人が興味を持つ入口としては、有効な言葉だと感じています。
ですが私は、あえて「スウェーデン音楽」と呼ぶことにしています。
なぜなら、そこには表面的な「北欧らしさ」ではなく、具体的でリアルな文化と歴史があるからです。
きっかけは学生時代の衝撃的な出会い
私がスウェーデン音楽に出会ったのは、大学生のとき。
後輩にすすめられて聴いたのが、スウェーデンの伝統音楽グループ「Väsen(ヴェーセン)」でした。
- これまで聞いたことのない不思議な音色
- 流れるようでいて予測できない旋律
- 呼吸を合わせるように寄り添うアンサンブルの美しさ
最初の数秒で、私は心をわし掴みにされました。
この出会いから、スウェーデンの伝統音楽を学び、演奏するようになりました。
特に「ニッケルハルパ」というスウェーデンの民族楽器は、私にとってかけがえのない伴侶です。
「北欧音楽」という括りへのモヤモヤ
「スウェーデンの音楽を演奏しています」と自己紹介すると、多くの方が「北欧音楽なんですね」と返してくださいます。
それはごく自然な反応だと思います。
ですが、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーはそれぞれ独自の言語、歴史、文化、音楽を持っています。
それを「北欧音楽」とひと括りにしてしまうと、本来あるべき個々の魅力やニュアンスが伝わりにくくなってしまうのです。
例えば日本、韓国、中国の音楽をまとめて「極東音楽」と呼ぶようなもので、そうしたラベルが文化的多様性を覆い隠してしまうことがあります。
スウェーデン音楽の「本物」に触れた体験
私が「スウェーデン音楽とは何か」をはっきりと感じたのは、ウップランド地方で開かれた音楽とダンスの集い「スペルマンスステンマ」に参加したときでした。
楽器を手に集まった人たちがその場でセッションを始め、子どもからお年寄りまでが一緒に踊り、笑い、音楽を通じて空間を共有する。
その時間に流れていたのは、単なる雰囲気ではなく、何百年もその土地で育まれてきた音楽文化そのものでした。
「北欧音楽」というイメージに埋もれがちなもの
日本で「北欧音楽」と聞くと、多くの人が以下のようなイメージを持つようです。
- ふわふわとした癒し系の音
- 妖精がでてくる、幻想的な世界観
- 森と湖の静けさを思わせる旋律
もちろん、そういった曲も存在します。
しかし、実際に現地で体験するスウェーデン音楽は、もっと人間くさく、土くさく、熱があり、ダンスと深く結びついた文化です。
「ポルスカ」が教えてくれる奥深さ
スウェーデン音楽の中心的存在「ポルスカ(Polska)」は、3拍子の舞曲です。
ですが、単なる三拍子ではありません。
地域ごとにリズムの揺れ方や体の使い方が異なり、それぞれに独自の“グルーヴ”があります。
三つほどご紹介します。
ウップランド地方:ブンドポルスカ(Bondpolska)
落ち着いたテンポと重心の低いところから女性を持ち上げるダンスが特徴。
しっかりと地面を踏みしめるような演奏スタイルで、旋律は直線的で素朴。
その中に、奥深い表情が隠れています。
ドミソ、ファラド、ソシレのシンプルな進行がここまで豊かになる不思議。
私が最も愛するポルスカです。
ダーラナ地方:ウッシャポルスカ(Polska från Orsa)
独特なタイミングのズレが特徴で、それぞれの拍子の長さが異なる不思議なリズムを感じさせます。
装飾的な旋律と即興性があり、フィドル(ヴァイオリン)の表現力が試される楽曲が多く存在します。
イェムトランド地方:フェッリンゲのポルスカ(Polska från Föllingeなど)
ノルウェーに近い地理的背景を反映し、山岳的でシャープなリズム感が印象的。
速めのテンポで、跳ねるような演奏が多く、野外でのダンスにも適した力強さがあります。
実際に現地で演奏していると、「そのリズムはうちの地方のポルスカとは違うよ」と言われることもあります。
踊る人もも演奏者も、自然と身体でその土地のリズムを覚えているのです。
私は、「完璧に理解するのは一生かかっても無理かもしれない」と思いながら、それでもこのリズムに惹かれ続けています。
だから私は「スウェーデン音楽」と呼ぶ
私はけっして「北欧音楽」という言葉を否定しているわけではありません。
それは多くの人に知ってもらうため、関心を持ってもらうための大切な入り口だと思っています。
でも、自分が愛し、学び、奏で続けているこの音楽に、できるかぎり正確な名前をつけたいのです。
それはリスペクトであり、文化を守り、伝えるための小さな意思表示です。
だから私は、これからも「スウェーデン音楽」と呼び続けます。
この名前とともに、音楽を通じて誰かと出会い、共有できることを願って。
おわりに:ここから始めるために
ニッケルハルパとスウェーデン音楽との出会いは、私の人生にとって最大の転機でした。
ブログ名を「ニッケルハルパと向き合うブログ」としたのも、この気持ちを言葉にしたかったからです。
この記事を読んで、少しでもスウェーデン音楽に興味を持ってくださった方がいらしたら、嬉しいです。
気軽に音源を聴いてみたり、ワークショップに参加してみたり、楽器に触れてみたりしてもらえたらと思います。
音楽は、誰かと共有することでより深まります。
スウェーデン音楽という豊かな文化を、皆さんと一緒に味わっていけたら幸せです。