ニッケルハルパ大全~構造・歴史・音楽から文化まで、ニッケルハルパを深く知るために

  1. はじめてニッケルハルパを知ったあなたへ
  2. ニッケルハルパとは何か?──楽器としての位置づけ
    1. ニッケルハルパの構造と演奏法
    2. 楽器分類──ザックス・ホルンボステル分類法に基づく位置づけ
    3. ザックス・ホルンボステル分類法とは?
    4. 21世紀の楽器分類法はあるの?
  3. ニッケルハルパの簡単な歴史──その形と響きの系譜
    1. ニッケルハルパを取り巻く環境の変遷
      1. 起源(中世以前〜14世紀)
      2. 中世〜15世紀
      3. 17世紀
      4. 18世紀
      5. 19世紀
      6. 20世紀
      7. 21世紀
    2. 「ニッケルハルパ(鍵盤付き擦弦楽器)の変遷
      1. Moraharpa(ムーラハルパ)
      2. Enkelharpa(エンケルハルパ)
      3. Mixturharpa(ミクスチュールハルパ)
      4. Kontrabasharpa(コントラバスハルパ)
      5. Silverbasharpa(シルベルバスハルパ)
      6. Kromatisk nyckelharpa(クロマティック・ニッケルハルパ)
      7. 現代のバリエーション(Oktavharpa, Sienaharpa ほか)
        1. Oktavharpa(オクターヴハルパ)
        2. Sienaharpa
        3. Viola d’amore a chiavi(ヴィオラ・ダモーレ・ア・キアーヴィ)
          1. 補足:Viola d’amore a chiavi と Nyckelharpa の比較
      8. 補足:Kontrabas med dubbellek(ダブルタンジェント付きコントラバスハルパ)とは?
  4. ニッケルハルパとともに歩んだ人々──スウェーデンのスペルマンたち
        1. Byss-Calle(ビス=カッレ):1783–1847
        2. Daniel Skärberg(ダニエル・シェルベリ):1811-1893
        3. August Bohlin(アウグスト・ボーリン/ボリーン):1877−1949
        4. Gås Anders(ゴース・アンデシュ):1815−1896
        5. Eric Sahlström(エリック・サールストローム):1912–1986
        6. Gösta Sandström(イェスタ・サンドストローム):1917-2005
        7. Viksta Lasse(ヴィクスタ・ラッセ):1897−1983
        8. Åsa Jinder(オーサ・インデル):1963–
        9. Leif Alpsjö(レイフ・アルプシェー):1943–
        10. Anders Mattsson(アンデシュ・マットソン):1967–
  5. 現代のニッケルハルパ──伝統を超えて広がる音の輪
    1. 教育と継承
      1. Eric Sahlström Institutet(トーボー)
      2. Kungliga Musikhögskolan(ストックホルム)
      3. オンライン・国際サマーキャンプ
    2. ニッケルハルパ製作の現在
      1. 製作家
        1. Esbjorn Hogmark(エスビョルン・ホグマルク)
        2. Olle Plahn(オッレ・プラーン)
        3. Jean-Claude Condi(ジャン=クロード・コンディ)
        4. Alexander Pilz(アレクサンダー・ピルツ)
        5. をがわなおき(日本)
      2. 技術革新
    3. 世界の演奏シーン
      1. ヨーロッパ
      2. 日本
      3. アメリカ
    4. 研究と記録
      1. 主な研究テーマ
      2. デジタル資料
    5. 国際交流と未来
      1. World Nyckelharpa Days
      2. クロスオーバーの試み
      3. 課題と展望
  6. ニッケルハルパで奏でる音楽──伝統と創造のレパートリー
    1. efter + 人名による伝承曲
    2. från + 地名に基づく曲スタイル
    3. av + 作曲者による現代作品
    4. ニッケルハルパとスウェーデン音楽
      1. ポルスカ(Polska)
      2. ヴァルス(Vals)・ホッティス(Schottis)・マズルカ(Mazurka)
  7. 日本におけるニッケルハルパの受容史──最初の記録から現在まで
    1. はじめに
    2. 最初の記録:1956年
    3. 辞書や専門書への登場(1957年〜1980年代)
    4. 多様な表記と翻訳の揺れ
    5. スウェーデン民俗音楽としての紹介
    6. 近年の紹介と演奏活動
    7. まだ“マイナー”かもしれないが
  8. さらに知りたい方へ──関連記事ガイド
    1. ニッケルハルパ購入ガイド
    2. ニッケルハルパを手にしたあなたへ
    3. ニッケルハルパの響きを楽しみたいあなたへのおすすめ
  9. 参考リンク集

はじめてニッケルハルパを知ったあなたへ

きっかけは、きっと人それぞれ。

コンサートで見かけた不思議な弦楽器。
動画で流れてきた澄んだ音色。
「北欧スウェーデンの民族楽器」という言葉。

「この楽器はなんだろう?」と心に引っかかったあなたと出会えたことを嬉しく思います。

この記事はニッケルハルパという楽器について紹介します。

  • どんな構造をしているのか
  • いつ、どこで、誰に演奏されてきたのか
  • どんな音楽を奏でるのか
  • そして、今の時代にどんなかたちで受け継がれているのか

ニッケルハルパの世界をもっと深く、もっと楽しく知っていただけるよう、構造・歴史・人物・音楽・演奏・そして日本における受容の歴史まで、幅広くとり上げていきます。
ニッケルハルパの響き、背景にある文化、人々の思いを感じ取っていただけたら幸いです。

ニッケルハルパとは何か?──楽器としての位置づけ

ニッケルハルパの構造と演奏法

ニッケルハルパ(Nyckelharpa)は、スウェーデンの伝統的な鍵盤付き擦弦楽器です。
ヴァイオリンのように右手で弓を使って弦をこすり、左手でキー(鍵盤)を押して音程を変えます。
12本の共鳴弦(resonanssträngar, resonance strings)が張られています。
共鳴弦はピアノの1オクターブ内のすべての白鍵と黒鍵の音にチューニングされており、どの音を鳴らしてもいずれかの弦が共鳴します。
この独特な構造によって、ニッケルハルパは音の厚みと響きを生み出します。

楽器分類──ザックス・ホルンボステル分類法に基づく位置づけ

ニッケルハルパは、楽器の科学的な分類法であるザックス・ホルンボステル楽器分類法(Hornbostel–Sachs classification system)において、以下のように分類されます:

分類コード:321.322-71

コード意味補足説明
3 弦鳴楽器(Chordophones)弦が振動して音を出す
32擦弦楽器(Bowed chordophones)弓でこすって鳴らす
321リュート型弦楽器(Lutes)胴体とネックがある
321.322箱型擦弦リュート(Bowed box lutes)バイオリンと似た構造
-71鍵盤(キー)で音程を制御する 指でなくキーで押さえる特殊構造

この分類により、ニッケルハルパは「箱型のリュート型擦弦楽器で、キーによって音高を変える弦楽器」という位置づけになります。

ちなみにニッケルハルパと似ている楽器として挙げられるハーディ・ガーディ(Hurdy Gurdy)の分類コードは「321.322-6」
「-6」はホイールで音を出すという意味です。

ザックス・ホルンボステル分類法とは?

1914年、ドイツの音楽学者クルト・ザックス(Curt Sachs)とエーリッヒ・モリッツ・フォン・ホルンボステル(Erich M. von Hornbostel)によって考案された、世界中の楽器を「音の出し方」によって分類するシステムです。

分類の概要:

  1. 体鳴楽器(Idiophones):自分自身が振動する(例:木琴、鈴)
  2. 膜鳴楽器(Membranophones):膜が振動する(例:太鼓)
  3. 弦鳴楽器(Chordophones):弦が振動する(例:バイオリン、ギター)
  4. 気鳴楽器(Aerophones):空気が振動する(例:笛、トランペット)
  5. 電気鳴楽器(Electrophones):電子的に音を出す(例:シンセサイザー)

さらに細かい分類で、音の出し方・構造・操作方法まで踏まえて分類されます。

21世紀の楽器分類法はあるの?

ザックス・ホルンボステル分類法は今も世界的に広く使われていますが、電子楽器やハイブリッド楽器が増えてきたのに伴い、新しい視点を取り入れた分類法が提案されています。

代表的な新分類法:
◉ MIMO改訂分類(2011年)
・MIMO(Musical Instrument Museums Online)が中心となり、Hornbostel–Sachs分類を拡張。
・現代の電子楽器やハイブリッド楽器にも対応。
・MIMO分類コードにもニッケルハルパは「321.322-71」で登録されています。

◉ 用途別・文化別分類
・民俗音楽や文化的背景に基づいて分類するアプローチ。
・近年の民族音楽研究では、文脈重視の分類が併用されることが増えています。

ニッケルハルパの簡単な歴史──その形と響きの系譜

ニッケルハルパを取り巻く環境の変遷

ニッケルハルパという楽器そのものの歴史をざっと振り返ってみましょう。

起源(中世以前〜14世紀)

  • 弦を弓でこすり、鍵で音程を変える楽器の原型は、中世ヨーロッパにありました。
  • スウェーデンのゴットランド島にあるカリュンゲ教会(Källunge kyrka)の石彫(約1350年)には、ニッケルハルパに似た楽器が描かれています。

中世〜15世紀

  • 1408年のイタリア・シエナの公共宮殿礼拝堂(Palazzo Pubblico)の壁画には「鍵付きのヴィエルレ=ニッケルハルパの原型」が見られます。
  • 15〜16世紀には、スウェーデン・トルフタの教会(Tolfta kyrk)やデンマーク・リンケビーの教会(Rynkeby Kyrka)にも登場します。
  • 1529年のドイツのマルティン・アグリコラ(Martin Agricola)によって編纂された音楽辞典にニッケルハルパが「シュリュッセルフィーデル(Schlüsselfidel、鍵付きヴィエルレ)」という名で登場し、図版にも鍵盤箱付きの姿で掲載されました。

17世紀

  • 16世紀末〜17世紀にかけて、スウェーデンのウップランド地方で現在のニッケルハルパに近い形が定着。
  • スペルマン(spelman:民俗楽士)が踊りやお祭り、農村の場で演奏するようになりました。

18世紀

  • 民衆の間で広く使われ続けた一方、都市部ではヴァイオリンの人気が高まり、それに押される形で影が薄くなっていきました。
  • スウェーデン以外のヨーロッパ諸国ではニッケルハルパへの言及がなくなっていきました。

19世紀

  • コントラバスハルパやシルベルバスハルパが登場しました。
  • ビス=カッレもこの時代のニッケルハルパ奏者です。
  • ニッケルハルパの演奏はほぼウップランドに限られ、演奏者は少なくなります。

20世紀

  • 1929年、アウグスト・ボーリンがこんにち一般的に使われている「3列鍵のクロマティック・ニッケルハルパ」の大本を開発します。
  • ボリーンの開発したクロマチック・ニッケルハルパをエリック・サールストロームが改良し、1950年代以降、楽器と演奏が大きく復興します。
  • エリック・サールストロームの改良したニッケルハルパは「サールストロームハルパ(Sahlströmharpa)」と呼ばれることがあります。
  • 1960〜70年代のフォークミュージック・リバイバルで、学校やラジオ、テレビを通じて全国的に注目されるようになります。
  • 1980年代以降ニッケルハルパは「スウェーデンを代表する民族楽器/民俗楽器」としての地位を獲得しました。

21世紀

  • 学校(ストックホルム音楽大学など)で教えられ、国際的にも展開。
  • 世界中のニッケルハルパ愛好者によるイベント「World Nyckelharpa Day」やYouTubeなどSNSを通じて、世界中に認知が広がっています。
  • ニッケルハルパは2023年にユネスコ無形文化遺産の一つとしてスウェーデンの伝統文化に登録されました。

「ニッケルハルパ(鍵盤付き擦弦楽器)の変遷

ニッケルハルパは時代によって構造が違います。
名前も違います。
こんにち一般的に使われているのは「クロマチック・ニッケルハルパ」といいます。
その他のニッケルハルパをご紹介します。

Moraharpa(ムーラハルパ)

  • 発見年:1526年、スウェーデンのムーラ(Mora)にて。
  • 特徴:鍵盤は1列、弦は3本(メロディ弦1、ドローン弦2)、共鳴弦なし。
  • 音色:素朴で柔らかい。
  • 用途:宗教音楽や農民舞踊に使用された可能性があります。
  • 位置づけ:現存する最古の物理的ニッケルハルパですが、パール=ウルフ・アルモ(Per-Ulf Allmo)氏は実際の演奏用ではなく記念品的な楽器ではないかと推察しています。

Enkelharpa(エンケルハルパ)

  • 意味:スウェーデン語で「シンプルなハルパ」。
  • 使用年代:17世紀中頃〜18世紀初頭。
  • 鍵盤:1列。弦は2〜3本。共鳴弦は基本的に無し。
  • 特徴:構造が単純で、小型で軽い。
  • 用途:農村での舞踏会で広く使用されたらしい。

Mixturharpa(ミクスチュールハルパ)

  • 使用年代:18世紀後半〜19世紀初頭。
  • 特徴:エンケルハルパ とコントラバスハルパ の中間的な構造。
  • 鍵盤:2列以上。共鳴弦が追加されたものもあります。
  • 構造:ダブルタンジェント(一つの鍵盤で複数の弦を同時に押さえる構造)の導入。
  • パール=ウルフ氏は「コントラバス・ミクスチュールハルパ(Kontrabasmixturharpa)」と分類。

Kontrabasharpa(コントラバスハルパ)

  • 使用年代:18世紀後半〜19世紀末。
  • 特徴:演奏弦の間にドローン弦が張られる構造。常に低音(ドローン)が鳴る仕組み。
  • 鍵盤:通常2列。共鳴弦あり。
  • ヴァイオリンのF字孔に似た穴は「oxögon(牛の目穴 )」と呼ばれてています。
  • 音色:豊かで力強く、野外での演奏や舞踏会に適していました。
  • バリエーション:「dubbellek(ダブルタンジェント)」構造を持つものも確認されています。

Silverbasharpa(シルベルバスハルパ)

  • 使用年代:19世紀後半〜20世紀初頭。
  • 特徴:ドローン弦に銀巻き弦を使用します。
  • 鍵盤:2列または3列。
  • 構造:音階は一部がダイアトニック(全音階)のため、演奏できる調整に限りがありました。

Kromatisk nyckelharpa(クロマティック・ニッケルハルパ)

  • 開発年:1929年、アウグスト・ボーリンによる。
  • 鍵盤:3列。弦構成は、メロディ弦3本、ドローン1本、共鳴弦12本。
  • 特徴:「クロマチック(半音階)」の構造となり12音階すべてを演奏可能にしました。
  • 普及:エリック・サールストロームが改良し普及させ、スウェーデン音楽教育に導入されるまでに至りました。
  • こんにち一般的に「ニッケルハルパ」といえば「クロマチック・ニッケルハルパ」のことを指します。

現代のバリエーション(Oktavharpa, Sienaharpa ほか)

Oktavharpa(オクターヴハルパ)
  • クロマチック・ニッケルハルパの1オクターブ下で鳴る低音楽器。
  • 1996年開発。
Sienaharpa
  • 1408年のイタリア・シエナの壁画をもとに復元された古楽モデル。
  • イタリア語では「Viola a chiavi di Siena(ヴィオラ・ア・キアーヴィ・ディ・シエナ:シエナの鍵付きヴィオラ)」とも呼ばれます。
  • アレクサンダー・ピルツ氏が2020年に製作。
Viola d’amore a chiavi(ヴィオラ・ダモーレ・ア・キアーヴィ)
  • 古楽器のヴィオラ・ダモーレにニッケルハルパの構造を取り入れた現代的再構築。
  • フランスやドイツなどで主流のモデル。
  • アレクサンダー・ピルツ氏による製作。
補足:Viola d’amore a chiavi と Nyckelharpa の比較
項目Viola d’amore a chiaviNyckelharpa備考
和名(仮訳)鍵盤付きヴィオラ・ダモーレニッケルハルパ 
主な構造弓奏・鍵盤・共鳴弦弓奏・鍵盤・共鳴弦構造は類似
鍵盤構造主に4列主に3列 
共鳴弦あり(7本以上)あり(12本) 
音域バロック様式3オクターブ以上 
主な使用地域ドイツ・フランススウェーデン 

ニッケルハルパとヴィオラ・ダモーレ・ア・キアーヴィは実質的に同じ楽器といってもよいかもしれません。
とても乱暴に言うと「ヨーロッパ大陸で使われているのがviola d’amore achiavi」「スウェーデンで使われているのがnyckelharpa」となるでしょうか。

補足:Kontrabas med dubbellek(ダブルタンジェント付きコントラバスハルパ)とは?

「dubbellek(ドゥベルレク)」とは「二重のタンジェント構造」を意味します。
通常は1本のキー(鍵盤)には一つのタンジェント(弦を押さえる爪のようなもの)がありますが、ドゥベルレクは1本のキーに2本のタンジェントがついており、2本のメロディ弦に同時に触れるように設計されています。
この構造によって、和音やユニゾンを一人で演奏することが可能となり、響きも厚みを増すようになりました。
これまでに紹介した楽器とは異なり「ドゥベルレク」は機種名ではなく構造上の仕様名を表しています。
主に19世紀後半〜20世紀初頭に見られた構造で、シルベルバスハルパなどに組み込まれていることもあります。
「エステルビーハルパ(Österbyharpa)」と呼ばれることもあります。

ニッケルハルパとともに歩んだ人々──スウェーデンのスペルマンたち

代表的なスペルマン一覧(順次追加)

Byss-Calle(ビス=カッレ):1783–1847

本名はCarl Ersson Bössa。
ウップランド地方の伝承音楽を代表する人物。
多くのポルスカを記録し、自作曲も残しました。
今日のニッケルハルパ演奏に欠かせない存在。

Daniel Skärberg(ダニエル・シェルベリ):1811-1893

ビス=カッレの弟子。

August Bohlin(アウグスト・ボーリン/ボリーン):1877−1949

ニッケルハルパ奏者、フィドラー。
現在のニッケルハルパ(クロマチック・ニッケルハルパ)に改良した人。
Bohlin一族は彼の他にも優れた音楽家を輩出しています。

Gås Anders(ゴース・アンデシュ):1815−1896

本名は Anders Jansson Ljungqvist。
ウップランドのフィドラー。
彼にちなんだ楽曲(efter Gås Anders)は今日多くのニッケルハルパ弾きがレパートリーにしています。

Eric Sahlström(エリック・サールストローム):1912–1986

クロマティック・ニッケルハルパを普及させた功労者。
奏者であり作曲家でもあり、教育者としても影響を残しました。

Gösta Sandström(イェスタ・サンドストローム):1917-2005

エリック・サールストロームとの演奏多数。
特に〈Spelmanslåtar från Uppland〉(1970)はウップランドの伝統と今日をつなぐ架け橋として必聴の価値ありです。

Viksta Lasse(ヴィクスタ・ラッセ):1897−1983

本名は Johan Leonard Larsson。
彼の作った《Eklunda Polska》は1番と3番がよく弾かれています。

Åsa Jinder(オーサ・インデル):1963–

女性ニッケルハルパ奏者として初めてRikssplemanとなった人。

Leif Alpsjö(レイフ・アルプシェー):1943–

エリック・サールストロームの流れを汲むニッケルハルパ奏者。
教育者としても優秀。

Anders Mattsson(アンデシュ・マットソン):1967–

今日におけるウップランドのニッケルハルパの伝統を最もよく伝えている人物。

これらのスペルマンは、ニッケルハルパを語るうえで重要な役割を果たしてきた人物たちです。
演奏のみならず、作曲、教育、録音、普及活動を通じて現代に至るまで影響を与え続けてきました。
下記リンクで初めてニッケルハルパを聴くのにおすすめのスペルマンを紹介しています。

▶ニッケルハルパの響きを楽しみたいあなたへのおすすめ

現代のニッケルハルパ──伝統を超えて広がる音の輪

教育と継承

スウェーデンでは、ニッケルハルパ教育が制度的に整備されています。

Eric Sahlström Institutet(トーボー)

  • 1998年設立。
  • 1年制プログラムと短期集中講座を提供。
  • 多くの日本人が留学してきました。
  • 演奏技術だけでなく、楽器製作や伝統音楽理論も学べます。

Kungliga Musikhögskolan(ストックホルム)

  • 伝統音楽専攻においてニッケルハルパを主たる楽器として学ぶことができます。

オンライン・国際サマーキャンプ

  • Zoomなどを活用したオンライン講座が普及しています。
  • ヨーロッパ各国でワークショップが開催されてています。(ドイツなど)

ニッケルハルパ製作の現在

ニッケルハルパの製作は主にスウェーデン、ドイツ、フランスで行われております。
日本にもニッケルハルパ・ビルダーがいます。

製作家

Esbjorn Hogmark(エスビョルン・ホグマルク)

スウェーデンの製作者。
世界最高峰のニッケルハルパ製作者のひとり。
ニッケルハルパの世界文化遺産登録にも尽力。

Olle Plahn(オッレ・プラーン)

スウェーデンの製作者。
ウップランドのニッケルハルパらしいニッケルハルパを数多く製作しています。

Jean-Claude Condi(ジャン=クロード・コンディ)

フランスの製作者。
彼の作る弓は日本でも多くのニッケルハルパ弾きが使っています。

Alexander Pilz(アレクサンダー・ピルツ)

ドイツのViola d’amore a chiavi製作者。

をがわなおき(日本)

日本が誇るニッケルハルパ製作者。

技術革新

  • エレクトリック・ニッケルハルパ:ニッケルハルパにピックアップを取り付けてアンプに接続。
    ドイツのホルガー・ヒュンケ(Holger Funke)氏が製作しています。
  • 軽量モデル、3Dプリント応用などの試みも見られます。(例:ナーディーハルパ)。

世界の演奏シーン

ヨーロッパ

ドイツ、フランス、イタリアなどに愛好者が多く、伝統音楽・古楽両方に活用されています。
「European Nyckelharpa Cooperation (ENC)」というネットワークが組織され、教育や情報交換などが積極的に行われています。

日本

2000年代以降、演奏者が増えています。
東京・関西中心にワークショップや演奏会が開催。
アイリッシュや他の国、ゲーム音楽などとの融合も見られます。

アメリカ

American Nyckelharpa Associationが普及活動を牽引。
スカンジナビア系移民による文化継承の場としても注目されています。

研究と記録

主な研究テーマ

  • 共鳴弦の音響的特性分析
  • 地域ごとの伝承比較
  • 現代作曲における応用

デジタル資料

European Nyckelharpa Cooperation によるアーカイブ

国際交流と未来

World Nyckelharpa Days

演奏動画、講義、楽器展示がオンラインで行われる年次イベント。

クロスオーバーの試み

  • ゲーム音楽:『World of Warcraft: Wrath of the Lich King』
    カイサ・エクスターヴ(Cajsa Ekstav)による演奏。(2:00あたりから)
  • メタルバンドにニッケルハルパが加わる(ドイツのSTORM SEEKER)
  • 舞台芸術、映画音楽での使用事例。

課題と展望

日本ではニッケルハルパの流通量の少なさは引き続き課題となっています。
販売・レンタルの充実がニッケルハルパの日本での広がりに重要な要素となっています。
ニッケルハルパの販売やレンタルについて、詳しくは「ニッケルハルパ購入ガイド」でもまとめています。

▶ニッケルハルパ購入ガイド

ニッケルハルパで奏でる音楽──伝統と創造のレパートリー

ニッケルハルパの魅力のひとつは、その独特な構造と音色が、スウェーデンの伝統音楽と深く結びついていることです。
ここでは代表的な伝承曲の構造や背景を紹介しつつ、現代におけるレパートリーの広がりについても触れていきます。

efter + 人名による伝承曲

スウェーデンの伝統音楽では、曲名に「efter(〜にちなんで)」がつくものが多くあります。
これは、作曲者ではなく、その曲を伝承したスペルマンの名を示すものです。
以下はニッケルハルパ奏者に人気のある伝承曲の例です:

– Polska efter Byss-Calle 
  ウップランド地方を代表するスペルマン、Byss-Calle(1783-1847)にちなんだもので、数多く残されています。

– Brudmarsch efter Gås Anders 
  ウップランド地方に伝わる結婚行進曲で、素朴ながらも荘厳なメロディがニッケルハルパの音色とよく合います。

– Polska efter Pekkos Per 
  ダーラナ地方のスペルマンPekkos Per(1808–1877)にちなんだ曲。
こちらも数多く残されています。

från + 地名に基づく曲スタイル

一方、曲名に「från(〜より)」がつく場合、それは特定の地域で弾き継がれてきた曲を指します。
必ずしもひとつの「曲」ではなく、複数のバリエーションが存在するため、伝承者名を併記することがあります。

例:
– Polska från Bingsjö, efter Pekkos Per
– Polska från Orsa, efter Hjort Anders
– Polska från Alfta, efter Carl Sved

スウェーデン音楽は、それぞれの地域ごとに異なった特徴があります。
frånに着目して曲をまとめていくと、自分の好きな地方や地域に気づくことがあります。
そこから広げたり深めたりして、スウェーデン音楽を楽しんでください。

av + 作曲者による現代作品

作曲者がはっきりとわかっている場合は「av(〜による)」という表記で作曲者が明示されます。

例:
– Spelmansglädje av Eric Sahlström 
– Bisonpolska av Olov Johansson
– Gryning av Karin Hjelm 

ニッケルハルパとスウェーデン音楽

ポルスカ(Polska)

  • 3拍子の舞曲。地方によってリズムの感じ方が異なります。
  • ウップランド、ダーラナ、ヘルシングランドなどの地域ごとに個性があるので好きな地域を探す楽しみがあります。

ヴァルス(Vals)・ホッティス(Schottis)・マズルカ(Mazurka)

  • 19世紀以降に普及したヨーロッパ舞曲。

日本におけるニッケルハルパの受容史──最初の記録から現在まで

はじめに

ニッケルハルパは今日の日本では「珍しい楽器」「北欧らしい音色」として紹介されることが多く、演奏人口も限られています。
しかし、ほんとうに“昔から”マイナーだったのでしょうか?
調査の結果、日本におけるニッケルハルパの記述は1956年の雑誌記事にすでに現れており、その後も複数の表記や呼称を通じてじわじわと紹介されてきたことが明らかになりました。

最初の記録:1956年

ニッケルハルパに関する日本最古の出版物は、1956年11月号の雑誌『放送文化』です。
作曲家・黛敏郎(1929–1997)氏が寄稿したエッセイに、以下のような記述があります:

「…農夫が、ニッケルハルパという鍵盤のついたヴァイオリンを奏でつつ踊りに興じている。」

これが、日本語文献で初めて「ニッケルハルパ」という名前が登場した例です。

辞書や専門書への登場(1957年〜1980年代)

1957年には『新英和大辞典』に“nyckelharpa”の項目が追加され、「hurdy-gurdy に似たスウェーデンの古い弦楽器」と紹介されました。
その後、『標準音楽辞典 補遺』(1973年)には「ニュッケルハルパ」として、15世紀ごろから使用されていた弓奏楽器として登場します。

多様な表記と翻訳の揺れ

ニッケルハルパは、カタカナ表記が定着するまでに以下のような多様な呼び名で紹介されてきました。

表記のバリエーション一覧

表記例初出年出典
ニュッケルハルパ1973年『標準音楽辞典 補遺』
ニッケル・アルパ1982年『季刊民族学』藤倉明治
ニッケルハープ1984年『Hoppoken』記事
ニッケルハルパー1989年『ストリング』表紙キャプション
キー・フィドル1990年『レコード芸術』大束省三

スウェーデン民俗音楽としての紹介

1980年代から、スウェーデンの民俗楽器として紹介される機会が増えました。国際フェスティバルへの来日演奏者のインタビューなどでも、ニッケルハルパが言及されました。

近年の紹介と演奏活動

2000年代以降、国内でもトリタニタツシ氏らの活動により、演奏会や講座が開催されるようになりました。
特に三重県・関西地域を中心に活動が展開され、地域紙にも取り上げられました。

まだ“マイナー”かもしれないが

ニッケルハルパの紹介は、1956年の黛氏の記事を皮切りに、少しずつ蓄積されています。
SNSや動画配信の発展により、今後さらに日本国内での認知が広がる可能性があります。

※この章は2024年1月24日に投稿した「日本はじめてニッケルハルパ」を要約したものです。
全文は以下からお読みいただけます。

▶日本はじめてニッケルハルパ

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